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耕地整理の記念碑 「拓荒利民」こうちせいりのきねんひ

対象物の特徴・来歴等

 「荒れた耕地を開拓して、村民の利益をはかる」 

四郷五反郷新田は、とても土地が低く長雨になると水田は池や沼のような状態になり、毎年毎年36戸の村民は生活が成り立ちませんでした。そのため、他の地に移住する家が増えてきました。
 そこで、中島吉三朗、山北甚兵衛、片野津右衛門、片野貞吉の4氏が先頭に立ち耕地整理を企画しました。

 明治38年(1905年)3月役所の許可を得て、翌39年(1906年)5月に施工。

 32町歩の中から若干の土地を取り、積み重ねて地盤を高くし、区画整理し、道路を修繕し、石造の樋管を設置し排水をよくしました。土地は、25町歩に減りましたけれど、収穫量は増え、米の質
は良くなり、耕すのもたやすくなり仕事がはかどりました。

この功績を石碑に彫り込んで、子孫に伝えようということになり、この記念碑が建てられました。

詳細情報

場所 輪之内町四郷
連絡先

TEL:
FAX:

所有者
製作年代 明治38年(1905年)北側の碑
大正15年(1926年)右側の碑
撮影日   経度 35.280475941108335 
調査年月日   緯度 136.6422414779663 
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輪中のまち輪之内町

水郷地帯の岐阜県輪之内町。
輪中に位置するこの町は、昔から 川の氾濫をくり返し、生命、家屋、農地等を奪いつつも、水害から身を守るため 様々な治水事業を行ってきました。
中でも宝暦年間に行われた治水事業は、輪之内町のの歴史上大変重要であり、今の輪之内を形づくっています。 輪之内町内には薩摩藩の功績をたたえた史跡や、水と戦ってきた数々の知恵が今も生きています。