むかしから、どこでも金のニワトリがお正月の朝、「新しい年が開けたよ!」と、元気のよい声で鳴いて、それを聞いた者には幸福がおとずれるといわれてきました。
それで子どもたちは、除夜の鐘が鳴りおわるのをまちかねて床をぬけ、耳をそばたてたものです。
むかし、福束に福束城というお城がありました。二万石の小大名でしたが西濃では有数の実力者でした。慶長五年(一六〇〇)関ヶ原合戦の頃は城主丸毛兼利という人でした。
丸毛兼利は関ヶ原合戦には西軍に味方し、福束城を本拠として大垣城の南をまもりました。大榑川をはさんで東軍とはげしく戦いましたが、八月十六日の夜東軍はひそかに川を渡って、十連坊村・楡俣村に火をつけて火攻をかけて来ました。十七日さしもの丸毛兼利も大敗して総勢、城をすて、大垣城へ逃げこみました。
このとき城内の井戸に黄金、財宝が投げ込まれたといいます。そしてこのことが里人に語り継がれ、いつのまにか、黄金、財宝の塊が金のニワトリとなって、鳴くようになったというのです。
今では福束城は、跡かたもありません。明治の河川改修工事で城跡はすっかり河川敷になりました。そしてこの言い伝えにもとづいて、工事のとき、村人も注意して掘り返してみましたが何も出てこなかったといいます。
このような金のニワトリが元旦に鳴くという言い伝えは、県下各地に残っています。それらの話は、たいてい大きな岩の上、古い大木の下、古い寺跡、古い塚、神社の境内、城跡、長者屋敷の跡などで、金のニワトリが鳴くというのです。
昔から初夢の一富士・二鷹・三茄子は、めでたい夢だといわれてきました。金のニワトリの話は初夢ではありませんが、祖先が初春によせる希望と期待をおりまぜた初夢物語ではないでしょうか。
場所 | 輪之内町 福束 |
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連絡先 | |
所有者 | |
製作年代 |
撮影日 | 2011年3月31日 | 経度 | 35.3012278 |
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調査年月日 | 1985年5月1日 | 緯度 | 136.6262418 |
水郷地帯の岐阜県輪之内町。
輪中に位置するこの町は、昔から
川の氾濫をくり返し、生命、家屋、農地等を奪いつつも、水害から身を守るため
様々な治水事業を行ってきました。
中でも宝暦年間に行われた治水事業は、輪之内町のの歴史上大変重要であり、今の輪之内を形づくっています。
輪之内町内には薩摩藩の功績をたたえた史跡や、水と戦ってきた数々の知恵が今も生きています。